2026.03.03 /
ゴッホが見つめた木と人の暮らし
― 南仏の風景と日本の住まい
Column009:
先日、現在愛知県美術館で開催されている「ゴッホ展」を訪れました。
フィンセント・ファン・ゴッホは、浮世絵に強い影響を受けた画家として知られています。構図の大胆さ、輪郭線の強さ、自然をただ写すのではなく「感じたまま描く」姿勢。その感覚は、日本美術との深い共鳴なしには語れません。
ゴッホは、画家として活動したわずか10年の間に約2,000点(油彩約900点、素描1,100点以上)という驚異的な数の作品を残しました。特に、晩年を過ごした南仏(アルルやサン=レミ)での約2年半に多くの傑作が集中しています。そこで繰り返し描かれたもののひとつが「木」でした。
目次
> 南仏の風景に立つ、糸杉とオリーブ
> 糸杉は「杉」ではないが、日本人には近い木
> オリーブは、暮らしに近い木
> 花咲くアーモンドの木の枝という存在
> 木を描き続けたゴッホの最晩年
> 木は、文化を越えて人に寄り添う存在
南仏の風景に立つ、糸杉とオリーブ
南仏時代のゴッホの作品を見ると、糸杉(サイプレス)とオリーブが何度も登場します。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《糸杉のある麦畑》1889年 Public Domain

フィンセント・ファン・ゴッホ 《オリーブ園》1889年 Public Domain
糸杉は、空に向かって鋭く立ち上がるように描かれ、オリーブは、ねじれた幹と銀色の葉をもつ、生命感あふれる存在として描かれています。
これらは、単なる背景ではありません。
ゴッホにとって木は、「風景を構成する骨格」であり、「感情を受け止める存在」だったように見えます。
糸杉は「杉」ではないが、日本人には近い木

糸杉と聞くと、日本人はつい「杉」を思い浮かべます。しかし実際には、
🌲糸杉:ヒノキ科
🌲日本の杉:スギ科
と、植物学的にはまったく別の木です。それでも、
🔸まっすぐに伸びる姿
🔸長い時間を生きる存在感
🔸建築や祈りの場と結びつく象徴性
こうした点では、日本の桧や杉と共通項があります。
糸杉は、非常に耐久性が高く、防虫・耐水・耐朽性に優れているため、ヨーロッパでは古くから建築資材や造作材として広く利用されています。墓地や教会の近くにも植えられ、永遠や死の象徴ともされています。
桧や杉も耐久性や香り、抗菌・防虫効果などの優れた特性を持ち、日本の気候風土に適しているため、いにしえから社寺建築を支え、住宅建築資材としても長きにわたり使われています。
土地は違っても、「人が大切な場所に選んできた木」という点で、驚くほど似ています。
オリーブは、暮らしに近い木

一方、オリーブはどうでしょうか。
オリーブは南仏や地中海地域では、実を収穫し、油を搾り、生活に寄り添う木です。
ゴッホが描いた「オリーブ園」の絵には、神聖さと同時に、日常の気配があります。
そして日本でも、オリーブは庭木として、馴染みのある存在です。耐乾性があり、シンボルツリーとしても人気です。
「絵画の中の木」と「実際の暮らしの木」が自然につながります。
「花咲くアーモンドの木の枝」という存在

フィンセント・ファン・ゴッホ 《花咲くアーモンドの木の枝》1890年 Public Domain
ゴッホが甥の誕生を祝って描いた《花咲くアーモンドの木の枝》
この作品は、南仏時代の木の絵の中でも、とりわけ静かで、やさしい一枚です。
アーモンドの木は日本では一般的とは言えませんが、ヨーロッパでは春の訪れを告げる、ごく身近な木。日本で言えば、桜に近い存在です。
まだ寒さの残る季節に、いち早く花を咲かせる姿は、祝福のモチーフとしてごく自然な存在でした。
ゴッホは、特別な象徴を持ち出したのではなく、「誰もが意味を共有できる木」を選んだのでしょう。ゴッホの人間的な側面を知る上で欠かせない作品です。
今回のゴッホ展では、この作品の実物展示はありませんが、「イマーシブ(没入)」体験ができる大規模空間での映像上映が実施されています。

木を描き続けたゴッホの最晩年

フィンセント・ファン・ゴッホ 《木の根と幹》1890年 Public Domain
ゴッホの最晩年の作品とされる《木の根と幹》
空も花も描かれず、地表に露出した根と幹だけが画面を占めています。
この作品は今回の展示には含まれていませんが、ゴッホが最後まで「生きることの足元」を描こうとしていた姿勢を象徴する一枚です。
見えない部分で支える根。そこがしっかりしているからこそ、木は立ち続けることができます。
この感覚は、家づくりにもどこか通じるものがあります。
木は、文化を越えて人に寄り添う存在
今回ゴッホの作品を鑑賞して感じたのは、木は単なる自然物ではなく、人の感情や祈り、暮らしと深く結びついている存在だということです。
地域が変われば樹種は変わります。
しかし、人が木に安心や象徴性を見出し、大切な場所に用いてきた歴史は、世界のどこでも共通しているように思えます。

日本の住まいにおいても、桧や杉などの天然木は、住まう人に心地よさや安らぎを与え、長く暮らしを支えてきました。木を生かすということは、単に素材を選ぶことではなく、人の感性や文化を受け継ぐことでもあるのかもしれません。
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ゴッホ展開催概要
展覧会名:NHK名古屋 放送100年記念・中日新聞社創業140年記念
ゴッホ展 ― 家族がつないだ画家の夢
会期:2026年1月3日(土)〜3月23日(月)
会場:愛知県美術館(愛知県名古屋市東区東桜1-13-2)
開館時間:10:00〜18:00(金曜は20:00まで)
休館日:3月2日(月)、3月16日(月)
会期も残りわずかとなっています。
今回ご紹介した絵画のうち、「オリーブ園」が鑑賞できます。また個人的なおすすめは、日本初上陸の画家仲間へあてた手紙です。その繊細で細かく、丁寧に綴られた文字と挿絵を実物で見られる貴重な機会です。
ゴッホは日本でも圧倒的な人気ですので、展覧会の開催頻度も高いのですが、毎回大変込み合います。お早めに訪れるのをおすすめします。
▶ ゴッホ展公式サイトはこちら(※最新情報は公式サイトをご確認ください)
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